こんにちは!シャンティです。
きょう読み始めた本・・・「はじめに」のところからガツンと💛をつかまれていますwww
あぁ・・そうなのよね、やっぱり~!とうれしくなったので、ちょっとご紹介させていただきます^^
そういったわけで、臨死体験中に、ありのままの自分でいるだけで無条件に愛される価値があるというだけでなく、自分は宇宙の美しくすばらしい創造物であり、あらゆる点で唯一無二の特別な価値のある存在だとわかった時は、まったく信じられない思いでした。
私は何もしなくても、この贈り物を受け取るのに値するのです。
宇宙の私に対する深い不変の愛という作物を収穫するために、どんな特別な種も蒔く必要はありませんでした。
何かを証明することも、何かを成し遂げることも、何かになる必要もなく、ただありのままの私でいればよかったのです。
それは、太陽が夜になって沈み、翌朝また昇ってくるのと同じぐらい確実なことでした。
いかがでしょうか?
日本に生まれ、日本に暮らしていると、ありのままの自分でいることが難しいように思います。
子どものころから
「もっと頑張りなさい」
「最後までやり遂げなさい」
「〇〇ちゃんのように、どうしてできないの?」
「そんなんじゃあ、りっぱな大人になれないわよ」
・・・多くの人は、ありのままの自分ではいけないんじゃないか?って思ってしまうような言葉をたくさん受け取ってしまったんじゃないでしょうか?
なんとかして認められるようにもっと頑張らないと、自分を変えないとと苦しい思いをしてきた人も多いのでは?
私もけっこう苦しかった(^-^;
先ほどご紹介した本は、末期の癌でこん睡状態に陥ったときに臨死体験をした女性が書いものです。
この女性が臨死体験中に学んだこと・・・
それは、人が唯一すべきことは、自分自身を愛し、自分を尊重して、その自尊心や自己愛を体現することだったのです。
私はMakoからバリの人々の話を聞くと、いつも「ええな~」って思います。
バリの人たちと一緒に仕事をしていると、あまりの感覚の違いにMakoもゆさぶりをかけられることが多いのですが、それでもやっぱりバリが好きってMakoは言います。
表面的にはバリ人よりも日本人の方が賢くて、豊かで、幸せそうに見えるかもしれない。
だけど、自分らしく生き、魂の目的を果たしているのはバリの人なんじゃないかな~って私は思うのです。
だから、日本式のやり方を押し付け、バリの人たちを何とかして変えようとはしないMakoのやり方が好き。
自分が思っていたのと違うモノができてきたとしても、それをお客様が喜んでくれて、作った人も嬉しかったらそれでええやん!って言うMakoの感性が好きwww
日本的な感覚もバリ的な感覚も、お互いがリスペクトし合っていればさらに良いものがきっとできる!!
そういう仕事のやり方、教育の在り方が、
ありのままの自分で無条件に愛される価値がある、そう誰もが感じられる社会につながっていくような気がするのです。
ラウレアグリーンズが提供するモノやコトには、そういう見えないエッセンスがちりばめられています笑✨✨
今日もお読みくださりありがとうございます!
(引用:『もしここが天国だったら?』アニータ・アジャーニ著)